大溝を巡る
水運と商いが紡いだ、琵琶湖畔の町
大溝は、琵琶湖の北西岸に位置する小さな町です。
古代から水運の要衝として栄え、江戸時代には近江商人(高島商人)の拠点として繁栄しました。
2015年、この地は国の重要文化的景観に選定されています。
大規模な開発から取り残されたからこそ残った、水辺の景観と古い街並み。
ここには、時代に流されず守り続けてきた文化があります。
重要文化的景観「大溝の水辺景観」
国が認めた、琵琶湖と共に生きる暮らし
水路と町並み
(800×600px)
2015年、国の重要文化的景観に選定
大溝の水辺景観は、琵琶湖の水運を活かした町づくりの歴史を今に伝えています。
乙女ヶ池を中心とした水路網、石積みの護岸、古い町家が一体となった景観は、全国的にも貴重です。
近江商人が活躍した江戸時代から、琵琶湖の水産業や水運で栄えた時代の記憶が、今も町に息づいています。
水運が育てた町、商人が築いた文化
琵琶湖水運の要衝
大溝は古代から琵琶湖水運の要衝として栄えてきました。
京都と北陸を結ぶ水上交通の中継地点として、物資と人が行き交う場所でした。
大溝城の築城と城下町の形成
天正6年(1578年)、織田信長の甥・津田信澄が大溝城を築城しました。
元和5年(1619年)には、伊勢国神戸から分部光信が2万石で入封します。
この時、光信公の賄い方である山形屋九右衛門が、喜多品老舗を創業しました。
近江商人の拠点として繁栄
約260年にわたり分部氏が治めた陣屋町として発展しました。
江戸時代、大溝は近江商人(高島商人)の拠点として繁栄します。
琵琶湖の水運を活かし、商業と文化が花開きました。
※大溝城は江戸初期には既に城としての機能を失い、陣屋(役所)として利用されていました。
重要文化的景観の選定
大規模な開発から取り残されたことが、逆に幸いしました。
水辺の景観と古い町並みが残り、2015年に重要文化的景観に選定されています。
今、静かな町に新たな光が当たり始めています。
大溝の見どころ
水辺を巡る、歴史散策
近江商人(高島商人)の拠点
「三方よし」の精神を受け継ぐ
江戸時代、大溝は近江商人、特に高島商人の拠点として繁栄しました。
琵琶湖の水運を活かし、京都、大阪、江戸へと商いの範囲を広げた高島商人たち。
「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の精神は、今も受け継がれています。
喜多品老舗も、この商人文化の中で400年の歴史を刻んできました。
売り手よし
商売を通じて、売り手が適正な利益を得る
買い手よし
買い手が満足する良い商品を提供する
世間よし
社会に貢献し、地域を豊かにする
(800×600px)
琵琶湖北西部を巡る
大溝から足を延ばして
湖中大鳥居
(600×400px)
びわ湖テラス
(600×400px)
びわ湖バレイ
大溝から車で約20分
標高1,100mから琵琶湖を一望できる絶景スポットです。
「びわ湖テラス」からの眺めは圧巻です。
メタセコイア並木
(600×400px)
マキノ高原・メタセコイア並木
大溝から車で約25分
約2.4kmに渡るメタセコイア並木は、日本の絶景として有名です。
四季折々の表情が楽しめます。
大溝へのアクセス
大溝周辺
(800×600px)
電車でお越しの方
- JR湖西線「近江高島駅」から徒歩約15分
- 京都駅から約50分
- 大阪駅から約1時間30分
お車でお越しの方
- 名神高速道路「京都東IC」から約50分
- 北陸自動車道「木之本IC」から約30分
- 市営勝野駐車場(無料)をご利用ください
散策のご案内
大溝の町は徒歩で巡ることができます。
ゆっくり歩いて約1時間~1時間半のコースです。
喜多品老舗にお立ち寄りの際は、ぜひ町歩きもお楽しみください。
400年の伝統を、大溝の町で
町を巡ったあとは、喜多品老舗で鮒ずしをお楽しみください